複雑なグループ構造を整理したい CASE 03

コングロマリットのリスク

「さすがに、もう少し後先のことを考えるべきだったな…」。
めずらしくD社長が反省している。複数の飲食店、自動車整備工場、輸入雑貨をあっかう商社、広告代理店。
機を見るに敏なD社長は、異分野の事業に果敢に挑戦。

はたからは「まったくの畑違いへの進出で、失敗するだろう」と冷ややかな視線を送られていたが、まったく動じず。
いくつか見込み違いで撤退した分野はあったものの、いまは4分野の、5つの事業会社がいずれも黒字を出しており、D社長の経営能力の高さを証明することになった。

1つの事業が不景気に直面して業績が落ちても、ほかの3事業でカバーできる。
事業を多角化したことで、グループとして将来も生き残っていける確率を高めた。
だから、多角化戦略それ自体は、反省するべきことではない。

D社長が「もう少し後先のことを考えるべきだった」というのは、グループの構造のことだ。
新事業進出時の個別の事情に即して会社を設立していった結果、各社が株式を持ち合い、複雑な支配関係になっているのだ。
そんな構造でも、ワンマン経営が身上のD社長がトップに君臨している内は、何の問題もない。
「鶴の一声」で、どんな意思決定でもできる。

しかし、いまやD社長も70歳。
D社長には38歳の長男と、32歳の次男がいて、それぞれ事業会社を切り盛り。
後継者としての資質の片鱗を見せている。

彼らが経営を承継した時、いまの複雑なグループ構造のままでは、特定の事業会社の株主が、グループトップの意思決定に反旗を翻せるだけの株数を保持できてしまうケースも想定される。
後継者がグループ全体を掌握するうえで困難に直面しかねない。
そのことに思い至り、強気で押す経営で成功してきたD社長の”反省の弁“となったのだ。

複雑なグループ構造を整理したい

多額の借入金には不安

D社長が事業承継に際してのリスクに気づいたのは、メインバンクの担当者からそのことを指摘された時だ。
長い付き合いのその担当者は、「そろそろ事業承継の対策を考えるべきですよ。
まずは息子さんたちのために、複雑なグループの構造を整理するべきでしょう」とアドバイスしてくれた。

そして「いちばんいいのは、ホールディングスを設立して、事業会社の株をすべてそこに集約することです」と提案した。
なるほど非常にすっきりした構造になる。銀行の担当者が紙に描いてくれた持ち株会社体制の図を見ながら、D社長は感心した。
そして、2人の息子がホールディングスの株を半々持ち合う形にすれば、事業承継も一気に進む。
D社長の持ち株を贈与・相続する必要はなく、納税負担も抑えられる。

しかし、ホールディングスが事業会社の株を買い集めるには、巨額の資金が必要だ。
銀行担当者は「それは我が行が貸します。ご心配なく」と請け合う。だが、D社長の不安はそこにあった。
多額の借り入れを起こすことなく、ここまで業容を拡大してきたD社長。 周囲からは「無謀では」と不安視される異業種への進出を決断する時も、既存事業で得た内部留保だけを原資としてきた。

そのため、たとえ進出が失敗に終わっても大ケガしないですんだ。
D社長にとって、長い付き合いのメインバンク担当者の提案とはいえ、おいそれと乗れなかった。
そこでD社長はかねてよりセミナーに何度か行ったことのある東京会計パートナーズに相談してみることにした。
メインバンク以外から”セカンドオピニオン“を得ようというわけだ。


適格合併で資産を守る

D社長から話を聞き、状況を把握した税理士の島﨑(以下、島﨑)は、「借り入れを起こさなくても、グループの構造を整理できますよ」と助言した。創業の事業である飲食店運営を手がける2社のうち、D社長が100%の株式を保有する会社を「グループ全体の親会社にする」と決め、この会社のD社長の持ち株を息子2人に贈与する。
そのうえで、すべての事業会社について、それぞれの株の過半数を親会社が保有するように、適格合併などの手法を用いて組織を再編していく。

適格合併ならば、合併される会社の資産は簿価で合併する側の会社に引き継がれる。
従って、資産の譲渡に伴う課税は発生しない。これにより、「グループの外に出ていくお金」をできるだけ少なくするのだ。
親会社にほかの事業会社の株式を集約するうえで、資金を必要としないため、大きな借り入れを起こす必要はない。
借入金の利子支払いはないわけだ。この面においても、グループの財務状態を棄損することはない。

グループの構造を整理できたので、あとは具体的な事業承継策を島﨑に相談すればいい。
これでようやく、息子たちに大きな負担をかけることなくバトンタッチする見通しがついてきた。
「さて、次はどの分野に進出するかな」。反省の時間は終了し、強気の一手で押しまくるD社長が戻って来た。

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