理事長E氏によぎった“後継者がいない不安”
25年前に一人医師医療法人として開業した理事長E氏。
開業してからここまで順調に業績を重ね、地域になくてはならない医療法人となっていた。
地域医療を守る使命で、ひたすら診療に明け暮れる日々。
気づいたらもう自身の年齢が70歳近くになっていた。
開業当時と比べて、体力も落ちてきたため、無理をしないよう調整しながら診療にあたってきたが、そろそろ医業承継のことを本格的に検討しなければならない時期が迫っていた。
医業承継について考え始めたとき、E氏に一つの不安がよぎった。
「後継者を誰にしよう・・・」
実は、E氏の家族に医師がいなかったのだ。
E氏は、妻、長男、長女の4人家族であるが、家族の教育方針から、医師の道に限定せず自分のやりたいことに挑戦してよいという教育をしていた。
その結果、長男、長女ともに医学の道に進まず全く別の業界に進んでいたのだ。
相談によって生まれたM&Aという選択肢
弊社は、E氏より税務の相談を受けていたが、今回は、医業承継を専門にしている提携先コンサルタントをご紹介した。そこで、このようなアドバイスをされたのだった。
「医業承継に悩む理事長は年々増えております。特に一人医師医療法人の場合は、後継者に医師免許を持った人間を迎えないと、その後の事業ができないため、より承継のハードルが高くなっているのです。」
コンサルタントは、続いてこのように問いかけた。
「後継者がいない場合、M&Aを検討する方も多いです。M&Aについて考えたことはありますか?」
閉院もやむなしと考えていたE氏は、コンサルタントのその一言に、驚きを隠せないでいた。その様子を見たコンサルタントは、おもむろに資料を取り出し、医療法人のM&Aに関するアドバイスを始めた。
医療法人のM&A(売り手が出資持分ありの医療法人の場合)
医療法人のM&A(売り手が出資持分ありの医療法人の場合)で多いケースは大きく2つある。
① 出資持分の定めのある医療法人(MS法人)へのM&A
② これから開業を目指している個人へのM&A
上記2つのいずれかを検討する際、“理事長の退職金準備と出資持分評価をどう引き下げるか”を検討することが重要である。
また、買い手と売り手の考え方が反対なので、そこのバランスをどう取るかということも大切である。
買い手の立場からすると、購入にかかるコストをなるべく抑えたい。その上で、理事長の退職金準備と出資持分の高騰は、大きな債務であるため、
M&Aの検討に際して注視している項目である。
売り手の立場からすると、なるべく高い価値で売却をして個人の手取りを増やしたい。そのためには、出資持分評価は高いほうが良い、また、退職金もなるべく多く受け取りたいと考える。
そこで、それぞれの立場を考慮し、双方にとって良い形なのは、ずばり、退職金を多く受け取り出資持分評価を下げるということである。買い手側からすると、退職金の債務と出資持分の買い取り債務を考えた際、退職金は、税務上費用になるため、当面の税金の負担が減る。しかし、出資持分の買い取りは税務上費用にならないため、タックスシールドという観点から、たとえ、退職金の債務が膨らんだとしても、出資持分評価を下げるために優先される傾向があるのだ。
また、医療法人には出資持分の買い取りは医療法で禁止事項となっているため、理事長個人またはMS法人が出資持分を購入する必要がある。個人やMS法人にそれだけの買い取り資金を準備する必要があるが、一般的に個人やMS法人の融資条件は、事業が安定している医療法人に比べて厳しくなるため、資金調達の課題が発生する。
売り手側からすると、手取りを多くすることが目的なので、退職金を受け取ることによる退職所得の税金と出資持分を譲渡して受け取る譲渡所得の税金には、そこまで大きく差が出ないことから、どちらか一方を大きくしてもう一方を少なくしても、さほど問題にならないケースが多い。
以上のことから、退職金を多く受け取り出資持分を下げるという対策を取っておくことで、M&Aが成立しやすい状態になる。
退職金を多く受け取るために
退職金を大きく受け取るためには、理事報酬を高く設定することが重要である。
しかし、一時的に理事報酬を上げたからといって、すぐに高額な退職金の支給が認められるわけではないという点、注意が必要である。一般的に、理事報酬を高く設定してから少なくても3年間は維持すべきである。
ちなみに、退職金の支給は、現金以外に金融資産の現物支給という方法がある。
その方法を使うことで、退職金評価を抑えながら、手取りを大きくすることも可能である。
医療法人の場合、活用できる金融資産に制限があるため、注意が必要である。
これらのアドバイスを受けたE氏は、スムーズなM&A成立を目指し、まずは退職金を十分受け取れるための対策をスタートさせたのであった。
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